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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)8289号 判決 1982年8月31日

原告(反訴被告)

他田信子こと能勢信子

被告(反訴原告)

葵交通株式会社

ほか三名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金三六四万九一九二円及び内金三二九万九一九二円に対する昭和五二年一二月二三日以降、内金三五万円に対する昭和五七年四月七日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して原告に対し、金一二二七万二一四一円及び内金一一四七万二一四一円に対する昭和五二年一二月二三日以降、内金八〇万円に対する昭和五七年四月七日以降、各完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五二年一二月二二日午前一時一〇分ころ東京都千代田区霞が関一丁目一〇番地先路上において被告野中善次郎(以下、被告野中という。)運転の営業用普通乗用自動車(練馬五五い八三六五号、以下、野中車という。)が走行中、同車の左方から進行して来た被告石井史郎(以下、被告石井という。)運転の営業用普通乗用自動車(品川五五う四三五〇号、以下、石井車という。)が野中車左前部ドア付近に衝突し、野中車に同乗していた原告が受傷した(以下、本件事故という。)。

2  責任原因

(一) 被告葵交通株式会社(以下、被告葵交通という。)は、野中車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)第三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 野中車の進行した道路の本件事故現場の手前には一時停止の標識があり、かつ、野中車の左方から石井車が走行して来ていたのであるから、被告野中には、一時停止をし、石井車の通過を待つて発進すべき注意義務があるにもかかわらず、一時停止をしないで進行した過失がある。したがつて、被告野中は、民法第七〇九条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告藤田観光自動車株式会社(以下、被告藤田観光という。)は、石井車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(四) 被告石井には、前方側方注意義務があるところ、石井車の右方直近には石井車の方向へ走行して来る野中車があつたにもかかわらず、右注意義務を怠つて走行した過失があるから、被告石井は、民法第七〇九条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  権利侵害

原告は、本件事故により頭部外傷、頸部捻挫の傷害を受け、昭和五二年一二月二二日から同月二三日まで二日間前田外科病院に入院し、同月二四日から昭和五三年七月一四日までの間二六回寺田外科胃腸科医院に、同年八月三〇日から同年一二月二九日までの間一四回木挽町医院に、昭和五五年一〇月四日及び同月一八日の二回京浜中央病院に、昭和五六年七月一五日から同月二七日までの間三回東京労災病院に、それぞれ通院し、昭和五三年一月八日から同年一〇月二一日までの間二八回緑川治療所から往診を受けるなどの治療を受けた。原告の症状は昭和五三年一二月二九日に固定し、外傷性頭頸部症候群の後遺障害があり、原告は、貧血、気力、減退、肩こり、仕事に持続性がなくなり、仕事中に眠り込む等の症状に悩まされている。

4  損害

(一) 治療費

原告は、本件事故により受けた前記傷害の治療のため、前田外科病院で金四万一九〇〇円、寺田外科胃腸科医院で金二八万二六二〇円、木挽町医院で金一一万四三二〇円、緑川治療所で金八万一〇〇〇円、京浜中央病院で金三万四九〇〇円、東京労災病院で金一万二二九〇円、合計金五六万七〇三〇円の治療費を要した。

(二) 休業損害

原告は、本件事故当時毎日午後七時から午前零時までは株式会社杉商事でホステスとして勤務し、昭和五二年九月九日から同年一二月二二日までの報酬として金一一三万一六〇〇円を得ておリ、午前零時から午前四時までは株式会社八坂でホステスとして勤務し、昭和五二年分の報酬として金一〇九万八〇〇〇円を得ていたところ、本件事故による受傷のため昭和五二年一二月二二日から昭和五三年一二月二九日までの間休業を余儀なくされ、合計金四九一万円を下らない休業損害を受けた。

(三) 逸失利益

原告は、本件事故がなければ本件事故直前の前記収入額と同程度の収入を得ることができたはずであるところ、原告の前記後遺障害は、少くとも自賠法施行令第二条別表後遺障害等級表の第一二級に該当するから原告は、右後遺障害のため症状固定日である昭和五三年一二月二九日から八年間にわたり右得べかりし収入の一四パーセントを失うこととなつた。そこで、右の金額を基礎とし、年五分の割合による中間利息を新ホフマン式計算法により控除して症状固定時における逸失利益の現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金四四四万五〇五一円となる。

{(1,098,000÷365)+(1,131,600÷111)}×365×0.14×6.5886=4,445,051

(四) 慰藉料

原告は、本件事故により前記のとおりの傷害を受け、長期間にわたる入、通院を余儀なくされたうえ、前記のとおりの後遺障害があり、多大の精神的苦痛を受けた。これを慰藉するには金三一〇万円が相当である。

(五) 損害のてん補

原告は、被告葵交通から金九四万八八四〇円、自動車損害賠償責任保険から金六〇万一一〇〇円、合計金一五四万九九四〇円の支払を受けた。

(六) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用として金八〇万円を要した。

(七) 合計

以上によれば、原告の損害賠償債権額は、右(一)ないし(四)の合計額金一三〇二万二〇八一円から(五)のてん補額を控除した金一一四七万二一四一円に、(六)の弁護士費用金八〇万円を加えた金一二二七万二一四一円となる。

5  結論

そこで、原告は、被告らに対し連帯して、損害賠償として金一二二七万二一四一円及び内金一一四七万二一四一円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五二年一二月二三日以降、内金八〇万円に対する本件請求の趣旨補正の申立書が被告らに送達された日の翌日である昭和五七年四月七日以降、各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告葵交通及び同野中)

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(一)の事実のうち、被告葵交通が野中車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは認めるが、その余の事実は争う。同2(二)の事実のうち、被告野中に原告主張の過失があつたことは認めるが、その余の事実は争う。

3 同3の事実は知らない。

4 同4の事実のうち、(一)及び(五)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(被告藤田観光及び同石井)

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(三)の事実は認める。同2(四)の事実のうち、被告石井が前方側方の注意義務を怠つたことは否認するが、その余の事実は認める。

3 同3の事実は知らない。

4 同4の事実のうち、(一)及び(五)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、責任について判断する。

1  被告葵交通が、野中車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは、原告と被告葵交通との間で争いがない。そうすると、被告葵交通は、自賠法第三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

2  被告野中には、本件事故現場の手前において、一時停止をし、石井車の通過を待つて発進すべき注意義務があるにもかかわらず、一時停止をしないで進行した過失があることは、原告と被告野中との間で争いがない。そうすると、被告野中は、民法第七〇九条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  被告藤田観光が、石井車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは、原告と被告藤田観光との間で争いがない。そうすると、被告藤田観光は、自賠法第三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  石井車の右方直近には、石井車の方向へ走行して来る野中車があつたことは、原告と被告石井との間で争いがない。弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第一三号証及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。本件事故現場は、神谷町方面から虎ノ門交差点を過ぎ文部省前方面へほぼ南北に通ずる中央分離帯のある幅員約二〇メートルの道路に、ほぼ東西に通ずる幅員のより狭い道路が交差するやや変形の十字路交差点(以下、本件交差点という。)であり、後者の道路の東方向からの本件交差点への入口手前には、一時停止の交通標識がある。被告野中は、野中車を運転して東方向からの道路を文部省方面へ向つて本件交差点に進入する際、一時停止をしないで進行したため、左方から来た石井車の右前部と野中車の左前部ドア付近が衝突した。被告石井は、石井車を運転して神谷町方面から本件交差点にさしかかつた際、減速することなく、十分に右方の安全を確認しないで進入したため、野中車と衝突した。

以上の事実によれば、被告石井は、右方から本件交差点へ進入しようとする野中車を認めたはずであるから、減速の上、その動向に注意し、右方の安全を十分に確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失があり、そのため本件事故が生じたものであると認められるから、被告石井は、民法第七〇九条に基づき原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

三  次に、権利侵害について判断する。

成立に争いのない甲第一号証及び第二号証の各一ないし五、第三号証、第九号証、第一七号証、第二一号証の一ないし三、乙第一号証、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したと認める甲第一号証及び第二号証の各六、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認める甲第一五号証の一ないし七、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第一〇号証ないし第一二号証(甲第一号証及び第二号証の各六、第一〇号証ないし第一二号証については、原告と被告葵交通及び同野中との間では成立に争いがない。)並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

原告は、本件事故により頭部外傷、頸部捻挫及び左下腿挫傷の傷害を受け、昭和五二年一二月二二日前田外科病院に一日入院し、同月二四日から昭和五三年七月一四日までの間に二六回寺田外科胃腸科医院に通院し、同年八月三〇日から同年一二月二九日までの間に一四回木挽町医院に通院して治療を受け、あわせて寺田外科胃腸科医院の指示により同年一月八日から同年一〇月二一日までの間に二八回緑川治療所からマツサージの往診治療を受けた。また、昭和五五年一〇月四日及び一八日の二回京浜中央病院で、昭和五六年七月一五日から同月二七日までの間に三回東京労災病院で検査のための治療を受けた。原告の症状は昭和五三年一二月二九日ころ固定し、外傷性頭頸部症候群の後遺障害があり、頭痛、項部痛、肩こり、目まい等の自覚症状があるが、レントゲン写真上は頸椎に特別な所見はなく、脳波異常もない。原告の症状はその後軽快することはなく、昭和五五年一〇月ころには頸部伸展時痛及び軽度の伸展制限が、昭和五六年七月ころには精神消耗状態及び項部筋にい縮が見られ、自覚症状については昭和五七年六月ころに至るまで変化がなかつた。

四  次に、損害について判断する。

1  治療費

原告が、本件事故により受けた前記傷害の治療のため前田外科病院で金四万一九〇〇円、寺田外科胃腸科医院で金二八万二六二〇円、木挽町医院で金一一万四三二〇円、緑川治療所で金八万一〇〇〇円、京浜中央病院で金三万四九〇〇円、東京労災病院で金一万二二九〇円の治療費を要したことは、当事者間に争いがない。右のうち、京浜中央病院及び東京労災病院における費用は、症状固定後の治療費であり、症状固定後においても特に治療が必要で、かつ、症状の改善に効果があつたと認めるに足りる証拠はないから、本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。

以上によれば、原告が要した治療費のうち、本件事故と相当因果関係のあるものは、合計金五一万九八四〇円であると認められる。

2  休業損害

原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したと認める甲第四号証の一、二、第七号証及び第八号証(第七号証及び第八号証については、原本の存在とも。また、第七号証及び第八号証については、原告と被告葵交通及び同野中との間では、原本の存在及び成立につき争いがない。)並びに原告本人尋問の結果(第一、二回、後記信用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、本件事故前ホステスとして稼働し、株式会社杉商事経営の「シプリエール」に昭和五二年九月九日から勤務し、同年一二月二二日までの間に金一一三万一六〇〇円の収入を得た。また、株式会社八坂経営の「ぐるうびい」にも勤務しており、昭和五二年中に少くとも金一〇九万八〇〇〇円の収入を得ていた。原告は、本件事故後昭和五三年二月二日までの間、右「シプリエール」及び「ぐるうびい」を休業し、同月三日以降も「ぐるうびい」に出勤することはなかつたが、「シプリエール」にはときどき出勤していた。そして、昭和五四年二月ころからは、「シプリエール」に通常の勤務をするようになり、同年八月まで勤務を続けた。一方、原告は、かねてから自分の店を持つ準備を進めていたが、昭和五四年四月にクラブ「亜呂夢」を開店するに至り、その後同店の経営を続けている。

証人西村久美及び同田中近蔵の各証言並びに第二回の原告本人尋問の結果中には、原告が昭和五三年二月三日から昭和五四年二月までの間全く仕事をしなかつた旨の供述部分があるが、第一回の原告本人尋問の結果に照らして信用することができない。また、第一回の原告本人尋問の結果中には、「亜呂夢」の開店が昭和五三年一〇月である旨の供述部分があるが、前記認定の原告の症状及び治療経過並びに第二回の原告本人尋問の結果に照らして信用することができない。他に右認定を左右する証拠はない。

以上の事実と前記認定の原告の症状の経過及び後遺障害の程度を総合すると、原告は、本件事故当時、必要経費等を除くと少くとも毎月金三〇万円を下らない収入を得ていたが、本件事故後三か月間は右収入の一〇〇パーセント、その後の九か月間は五〇パーセントを失つたものと認めるのが相当である。そうすると、原告が本件事故により受けた休業損害は金二二五万円となる。

3  逸失利益

前記認定事実によれば、原告は、本件事故がなければ、症状固定日以降も一か月金三〇万円、年間金三六〇万円を下らない収入を得ることができたはずであるところ、前記認定の後遺障害の程度及び症状固定後の原告の勤務状況を総合すると、症状固定日以降五年間にわたり得べかりし収入の五パーセントを失つたものとみるのが相当である。そこで、右喪失した収入額から年五分の割合による中間利息をライプニツツ式計算法により控除して症状固定時の現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金七七万九二九二円となる。

3,600,000×0.05×4.3294=779,292

4  慰藉料

前記認定事実及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は、本件事故により前記のとおりの傷害を受けて約一二か月間の通院を余儀なくされたこと、更に、前記のとおりの後遺障害があることにより、精神的苦痛を受けたことが認められる。原告の右の精神的苦痛を慰藉するには、金一三〇万円が相当である。

5  損害のてん補

原告が、損害のてん補として、被告葵交通から金九四万八八四〇円、自動車損害賠償責任保険から金六〇万一一〇〇円、合計金一五四万九九四〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起、追行を原告代理人に委任したことが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額等にかんがみると、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は金三五万円が相当である。

7  合計

右1ないし4の損害賠償債権の合計額金四八四万九一三二円から5の損害のてん補額金一五四万九九四〇円を控除した金三二九万九一九二円に、6の弁護士費用金三五万円を加えると、原告が被告らに対し請求し得る損害賠償債権額は金三六四万九一九二円となる。

五  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、損害賠償金三六四万九一九二円及び内金三二九万九一九二円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五二年一二月二三日以降、内金三五万円に対する本件請求の趣旨補正の申立書が被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年四月七日以降、各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北川弘治 井上繁規 富田善範)

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